漢方生薬辞典

約780種の生薬を五十音順に紹介。日本の漢方薬や伝統薬に配合されている和漢生薬、民間薬、ハーブなども紹介。

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蜜蝋

○蜜蝋(みつろう)

 ミツバチ科のミツバチなどの働き蜂が腹部から分泌したもので、巣を構成している蠟質のものを精製して用いる。蜂蜜を取った後の蜂の巣を水と一緒に過熱して溶解し、上層の滓を除いて熱いうちに濾過し、それを放置して水面に浮かんでくる凝結した塊が蜜蝋である。

 この組成の蜜蝋は黄色~黄褐色のため黄蠟ともいわれ、これをさらに煮詰めて漂白などの加工を加えたものは白蠟あるいはサラシミツロウという。

 蜜蝋はエステル、遊離酸、遊離アルコール、アルキルなどで構成され、蜜蝋の約80%を占めるエステルのミリシル・パルミネート、遊離酸のセロト酸、遊離アルコールのミリシルアルコール、アルキルのペンタコサンなどが含まれている。また東洋ミツロウには西洋ミツロウには含まれないグリセリドが4%含まれている。

 蜜蝋の用途は西洋ではロウソクの原料として、また軟膏の基剤や化粧品の基剤になるほか、鋳物の原型や製版材料、さび止めなどの工業用にも用いられている。

 漢方では解毒・消腫・生肌の効能があり、下痢や皮膚化膿に内服薬として用いるほか、皮膚炎や火傷に用いる軟膏の基剤としても用いる(紫雲膏)。

密蒙花

○密蒙花(みつもうか)

 中国の中部や西南部に分布するフジウツギ科の落葉低木ワタフジウツギ(Buddle jaofficinalis)の花または蕾を乾燥したものを用いる。

 同属植物のフジウツギ(B.japonica)は別名「毒流し草」、トウフジウツギ(B.lindleyana)の中国名は「酔魚草」とあるように、これらの葉をすりつぶして池に入れると魚は浮き上がって死ぬ。ただし、この魚を人間が食べると腹痛や麻痺が起こるので魚漁には適しない。

 ワタフジウツギにはこのような作用はない。なお湖北・四川・広西省などではジンチョウゲ課のミツマタ(Edgeworthiachrysantha)の蕾を密蒙花としている。ワタフジウツギの花穂にはビタミンP作用のあるアカセチンやアカイシンなどのフラボノイドが含まれる。

 漢方では明目の効能があり、結膜炎や流涙症、角膜混濁、視力低下など眼科疾患に対する常用薬である。急性、慢性の結膜炎や羞明、角膜混濁などには枸杞子・石決明・菊花などと配合する(密蒙花散)。視力低下には枸杞子・菟絲子・桑椹などと配合する。

密陀僧

○密陀僧(みつだそう)

 鉛の溶解したところを鉄の棒でかき回し、鉄の棒に付着した鉛を冷水に浸してできる一酸化鉛(リサージ:Litharge)を密陀僧という。かつては方鉛鉱から銀や鉛を精錬する際に炉の底に沈着した副産物であった。

 橙黄色の不規則な塊状で、くずれやすく、かすかに得意な臭いがある。この粉末は酸にもアルカリにも溶け、空気中に放置しておくと徐々に二酸化炭素を吸収して塩基性炭酸鉛(鉛粉)となる。薬理学的には皮膚真菌に対して抑制作用が知られている。

 漢方では消腫・殺虫・生肌の効能があり、痔、湿疹、腫れ物、潰瘍、腋傷、腋臭の外用薬として用いる。庁瘡、火傷、切傷、梅毒性皮膚病などの治療薬に鉛丹・瀝青などと配合した神力膏がある。

○水(みず)

 通常、生薬を煎じるときには水を用いる。現在、煎剤用には精製水、蒸留水、水道水などが用いられているが、かつてはさまざまな天然水を用いた。

 天然水は硬水と軟水とに区別され、カルシウムイオンやマグネシウムイオンなどのイオンを比較的多く含むものを硬水、少ないものを軟水という。天然水のうち地下水は硬水に、地表水は軟水に近い。

 傷寒論金匱要略の中にはいくつかの水が記載され、かつては処方に応じて水を区別していたことが伺える。井泉水は井戸から汲み上げられる地下水、井花水とは朝一番早く汲んだ井戸水のことである(風引湯)。地漿または土漿は土と水を大きな器に入れてかき混ぜた後に沈殿させた上澄みのことである。

 泉水とは湧き水、谷水のことである(百合滑石代赭湯)。甘燗水または労水とは容器に入れた水をひしゃくで何度も汲んだり、注いだりして泡立てた水のことである(苓桂甘棗湯)。

 流水とは河川を流れる水、東流水とは東に流れる川の水のことである(沢漆湯)。雨水とは雨を溜めた水、潦水とは雨の後に地面にたまった水のことである(麻黄連軺赤小豆湯)。泔水は硬米泔ともいい、米のとぎ汁(シロミズ)のことで、このとぎ水を少し酸敗させたハヤズを漿水という(赤小豆当帰散)。また水に酢や酒、童便などを混ぜて用いることもある。

万年青

○万年青(まんねんせい)

 日本では関東地方以西、中国などに分布するユリ科の常緑多年草オモト(Rohdea japonica)の根及び根茎あるいは葉を用いる。根を万年青根、葉を万年青葉という。

 葉が常に青いため万年青といい、株が太いのでオオモトと呼ばれ、後にオモトとなったといわれている。オモトは葉が美しいため日本独特の観葉植物として室町時代から栽培されており、江戸時代に大流行し、元禄時代に多くの園芸品種が作られた。

 根茎や葉には強心配糖体のロデインやロデニン、ロデキシンA・B・C・Dなどが含まれる。ロデインやロデキシンにはジギタリス様の強心作用があるが、ロデニンは逆に心臓に対して抑制的に働く。一方、オモトの中毒症状としては悪心、嘔吐、頭痛、不整脈、血圧低下などが見られ、ときに全身痙攣を起こして死亡することもある。

 漢方では強心・利尿・解毒の効能があり、心不全や浮腫、化膿症、ジフテリア、毒蛇咬傷などの治療に用いる。近年、中西医結合治療の臨床成果が報告されているが、毒性が強いため、漢方処方としてはあまり用いない。

 日本の民間では肋膜炎に根茎のすりおろしたものを酢と小麦粉でねって足の裏に貼るとか、葉の絞り汁を乳房の腫れやフケに利用する方法がある。脚気や黄疸、婦人病に内服する療法もあるが、有毒なので服用しないほうがよい。

マンドラゴラ

○マンドラゴラ

 ヨーロッパの地中海沿岸に分布しているナス科の多年草マンドラゴラ(Mandragora officinarum)の根を用いる。英語ではマンドレイク(Mandrake)、別名をデビルズアップル(Devil's Apple)といい、旧約聖書には「恋なすび」とある。

 マンドラゴラは人参に似たヒト型の値を融資、古くから魔術的な力のある植物として有名である。土中から引き抜かれるときにうめき声をあげるとか、家の幹に根を吊るせば不妊の女性が妊娠するといったさまざまな伝説がある。犬に縄を結び付けて抜かせたという話も伝えられている。

 日本ではマンドラゴラとチョウセンアサガオ曼荼羅華とがしばしば混同されているが、そもそも曼荼羅華という名前はマンドラゴラの名から借用したという説もある。

 チョウセンアサガオベラドンナと同じナス科の有毒植物で、成分にヒヨスチアミン、アトロピンなどが含まれる。古くから鎮痛、催吐、幻覚、催眠、催淫薬として知られているが、今日ではほとんど薬用には用いない。

曼荼羅華

曼荼羅華(まんだらげ)

 熱帯アジア原産で、中国南部に自生し、栽培されているナス科の一年草、チョウセンアサガオDatura metel)およびケチョウセンアサガオ(D.innoxia)の開花しはじめた花を用いる。日本には薬用として江戸時代に輸入され、キチガイナスビとも呼ばれた。

 中国では生薬名を洋金花といい、チョウセンアサガオを南洋金花、ケチョウセンアサガオを北洋金花という。また葉は曼荼羅葉、果実は曼荼羅子として薬用にする。

 これら植物の属名はダツラ属といわれ、熱帯アメリカ原産のヨウシュチョウセンアサガオ(D.stramonium)の葉はダツラ葉あるいはマンダラ葉として有名である。

 ダツラ属の植物にはトロパンアルカロイドのスコポラミン、ヒヨスチアミン、アトロピンなどが含まれ、総アルカロイドの量は花が最も多い。現在ではアトロピンやスコポラミンの原料にされている。

 アトロピンは副交感神経遮断作用を有し、平滑筋の痙攣を緩解させ、瞳孔を散大させ、涙腺や汗腺、消化管の分泌を抑制し、局所知覚神経抹消を麻痺ざる。また中枢神経系の機能をはじめは興奮させ、次いで麻痺させる。スコポラミンはアトロピン様の作用を有し、また強い催眠作用があり、興奮による不眠や乗り物酔いに有効である。

 中国の伝説的な名医、華陀は麻沸散という麻酔薬にこの洋金花を用いたといわれる。また華岡青洲は乳癌手術のときに曼荼羅花に草烏頭・当帰・天南星などを配合した通仙散で全身麻酔を行った。これは世界初の全身麻酔の成功例として高く評価されている。

 漢方では平喘・止痛・止痙の効能があり、喘息や関節痛、痙攣の治療に用いる。しかし毒性が強いため、現在ではほとんど臨床に用いられない。欧州ではダツラ葉を慢性気管支炎や喘息に喘息タバコとして用いている。