漢方生薬辞典

約780種の生薬を五十音順に紹介。日本の漢方薬や伝統薬に配合されている和漢生薬、民間薬、ハーブなども紹介。

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麝香

○麝香(じゃこう)

 中国東北部からチベット、ヒマラヤにかけて生息しているシカ科の動物ジャコウジカ(Moschus moschiferus)の雄のジャコウ腺分泌物を用いる。ジャコウジカはシカを小型化したような動物で雌雄ともに角はなく、上顎の犬歯が下に伸びて牙のようになっている。岩石の多い高山地帯に生息し、夜行性で単独あるいは一対で生活する。

 オスの陰茎と臍の間に外皮と密着して袋状のポッド(麝囊)と呼ばれるは器官があり、その中に含まれる分泌物が麝香(ムスク)である。発情期の雄は雌を誘うためにこのムスクを少量ずつ排出する。

 ジャコウジカの麝という字は鹿と「鼻を突き刺す匂い」をあわせたものであるが、ムスクはそのままでは糞尿以上に強烈な悪臭が鼻を刺す。ところが、これを千分の一以下に薄めると芳香を放つ。中国では古くから薬用にしているが、ヨーロッパやアラビア人が愛好している。健在でもシャネルの5番など高級な香水の原料になっている。

 かつては捕獲したジャコウジカを殺してポッドごと摘出したいたが、絶滅の恐れがあるとして現在では生きたままポッドから分泌物のみを採取している。分泌物は新鮮なときは黒褐色の軟膏状であるが、乾燥すると黄褐色や赤紫色の粉末となる。とくに黒褐色の顆粒状のものを当門子という。

 麝香は非常に高価な薬材であり、現在、中国の四川省などでジャコウジカの人工飼育が行われている。同様の動物性の香料としてジャコウネコの霊猫香があり、同じく薬用にもされる。麝香の芳香主成分はムスコンであり、また少量のノルムスコンや男性ホルモンが含まれ、薬理的に中枢神経刺激、強心、呼吸増加、降圧、抗菌・抗炎症作用、性ホルモン作用などが報告されている。

 漢方では開竅・活血・催産の効能があり、おもに芳香開竅薬として高熱時の意識障害や脳卒中、痙攣発作、危急の症状などに用いる。そのほか狭心痛、腹痛、分娩促進、腫れ物などに用いる。

 脳卒中や高熱時の意識障害には牛黄・竜脳などと配合する(至宝丹)、興奮状態やひきつけ、高熱に伴う精神不安などには牛黄・羚羊角などと配合する(牛黄清心丸)。難産や後産が遅れたときには肉桂と粉末にして服用する(香桂散)。咽頭の腫痛や癰疔などの皮膚化膿症に牛黄・蟾酥などと配合する(六神丸)。日本でも気つけ薬として知られ、動悸や胸痛に用いる六神丸救心、小児の発熱や痙攣に用いる宇津救命丸や樋屋奇応丸などの家庭薬にも配合されている。ただし子宮に対する興奮作用があり、妊婦は服用しないほうがよい。