漢方生薬辞典

約780種の生薬を五十音順に紹介。日本の漢方薬や伝統薬に配合されている和漢生薬、民間薬、ハーブなども紹介。

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蔓荊子

○蔓荊子(まんけいし)

 本州以南、朝鮮半島、台湾、中国、東南アジアなど太平洋西部沿岸に分布するクマツヅラ科の落葉低木ハマゴウ(Vitex rotundifolia)の果実を用いる。

 浜辺の砂地に群生し、幹が砂の上を這って横に延び、ところどころに根をおろす。茎葉に得意な香りがある。夏に紫色の花が咲き、その後に5~7mmの丸い核果ができる。果実には精油成分としてαピネン、カンフェン、テレピネオール酢酸エステル、ほかにフラボノイドのビテキシカルビンなどが含まれる。

 漢方では辛涼解表薬のひとつで風熱を発散し、頭目を清する効能があり、感冒や上気道炎、結膜炎、頭痛、私通などに用いる。また風湿による関節痛にも用いる。中耳炎による耳だれや難聴に升麻・木通などと配合する(蔓荊子散)。

 頭痛や顔面痛には白芷・羗活・防風などと配合する(清上痛湯)。高齢者の視力や聴力の低下や耳鳴には人参・黄耆などと配合する(益気聡明湯)。血虚の視力低下や眼痛、眩暈などには当帰・川芎などと配合する(滋腎明目湯)。感冒やリウマチなどの初期で頭や関節が痛むときには羗活・麻黄などと配合する(羗活勝湿湯)。民間では神経痛や手足のしびれに果実や茎葉を袋に入れて浴湯料として用いる。

松葉

○松葉(まつば)

 日本の北海道南部から九州、朝鮮半島、中国の東北部に分布するマツ科の常緑針葉高木アカマツ(Pinus densiflora)の葉を用いる。中国ではタイワンアカマツ(P.massoniana)やユシュウ(P.tabulaeformis)などのマツの葉を松葉という。

 日本の二葉松にはアカマツのほかにクロマツがあり、クロマツが海岸に沿って多くみられるのに対し、アカマツは内陸に多い。木肌が赤褐色のためにアカマツという。

 アカマツの葉にはピネン、ジペンテン、リモネン、フェランドレン、ボルネオール、ビタミンA・C、ケルセチンなどが含まれ、ケルセチンやビタミンCには血管壁を強化する作用がある。

 漢方では去風湿・止痒などの効能があり、リウマチなどによる麻痺や関節痛、湿疹、掻痒症、浮腫、打撲傷などに用いる。古来、松葉は「仙人の食」といわれ、穀類を断って松葉を食べると体が軽くなって不老長寿が得られると伝えられている。

 日本の民間療法では、生の松葉を毎日噛むと血圧が下がり、便通がよくなり、脳卒中の予防にもよいとされている。新鮮なアカマツの葉を焼酎につけた松葉酒や松葉を布袋につけて浴槽につける松葉湯のほか、松葉茶や松葉タバコなどいろいろと薬用にされている。滋養・強壮薬として知られる松寿仙はアカマツの葉にクマザサの葉と人参が配合されている。

麻薬

○麻薬(まやく)

 麻薬とは陶酔感や多幸感などの効果があり、反復使用することで習慣性や依存性を生じ、慢性中毒を起こす薬物のことである。ただし、一般には麻薬とは法的に定められた用語であり、規制の対象となるアヘンアルカロイド系麻薬、コカアルカロイド系麻薬、合成麻薬、大麻の4種に大別される。また、中枢神経を刺激して興奮作用のあるものは覚醒剤といわれ、麻薬と同様に取締法で規制されている(麻薬及び向精神薬取締法)。

 アヘン(阿片)はケシの未熟果実から採取される乳液を乾燥させたもので、作用の主体はモルヒネである。このモルヒネをアセチル化したものは、ヘロインと呼ばれている。ケシは西アジア原産で、現在では中央アジア、インド北部、東南アジアなどで栽培されている。日本でも室町時代から津軽地方などで栽培され、「ツガル」と呼ばれていた。ヨーロッパでは16~17世紀ごろにアヘンチンキが販売されるようになって広がり、19世紀には大流行した。

 18世紀後半、イギリスの東インド会社はインドでケシを栽培し、アヘンを中国へ輸出するようになり、清国ではアヘン中毒患者が蔓延した。現在でも、世界各地でヘロインが密造され、注射によるエイズ感染も問題化している。

 コカインはアンデス地方のコカの実から抽出される成分である。南米のインディオは古くから固化の歯を噛む習慣があり、疲労感や空腹感を紛らわしていた。16世紀にインカ帝国を征服したスペイン人によってヨーロッパに伝えられた。

 1859年にコカインが抽出され、19世紀後半には局所麻酔薬として眼科手術、またアヘン嗜癖の治療薬として医療に用いられるようになった。同時に、欧米では嗜好料としても広がった。コカインは白い粉末で「スノー(雪)」などと呼ばれ、おもに鼻腔吸入法で使用されている。現在、南米をはじめ欧米や日本でもヘロインに代わるドラッグとして問題化している。

 タイマ(大麻)はアサ(麻)の未熟花穂や葉に含まれる樹脂で、特にインド大麻に麻酔性の強いカンナビノイドが含まれている。この葉を乾燥したものはマリファナ、樹脂のエキスはハッシシュと呼ばれている。一般に葉をタバコに混ぜて吸煙する。またハッシシュを詰めて吸う専門の喫煙具もある。

 吸煙すると解放感や陶酔感が訪れ、幻覚がみられるようになる。依存性や禁断症状は比較的少ないといわれるが、長期間の使用により肉体的な衰弱や無気力状態に陥ることが報告されている。大麻の喫煙は西アジアやアフリカなどで行われていたが、社会的に問題化したのは1960年代のアメリカの若者の間で広まったことによる。日本では大麻取締法で規制されているが、欧米では国や州によって吸煙が認められているところもある。

 サボテンの一種であるペヨーテに含まれる成分のメスカリンには幻覚作用がある。ペヨーテは取締りの対象になっていないが、メスカリンは日本では麻薬に指定されている。

 マジックマッシュルームとは幻覚作用を有するキノコの総称で、10種類以上が知られている。一般に中南米やハワイ、パリ島などで採取されているが、日本に自生しているものもある。幻覚作用を起こす成分は、シロシビンまたはシロシンと呼ばれ、摂取すれば極彩色の幻覚や感情の異常な高揚、酩酊常態がみられる。中毒や死亡例も報告されており、2002年に麻薬として規定されている。

 また、古代メキシコで呪術的な儀式に使用されていたシソ科のメキシコサルビア(Salviadivinorum)には、その成分に強い幻覚作用のあるサルビノリンAが含まれている。近年、日本においてこのサルビアが濃縮サルビアという名前で流通していたが、現在では指定物として規制されている。

 合成麻薬として麦角アルカロイドから誘導された物質LSDがある。1938年、スイスの科学者ホフマンが麦角アルカロイドの誘導体の研究中に幻覚体験に陥ったことがきっかけでLSD25(リゼルギン酸ジエチルアミド)が発見された。ちなみにLは化学名、Sはサンド社、25は最初に合成された1938年5月2日を意味している。

 覚せい剤として知られるアンフェタミンメタンフェタミンは、麻黄(マオウ)の成分であるエフェドリンから合成された薬物である。覚醒剤第二次世界大戦において兵士の士気の高揚や眠気の予防に各国の軍隊で利用され、日本でもヒロポンメタンフェタミン)が支給された。戦後に備蓄されていたヒロポンが大量に放出され、世界で初めて日本において覚醒剤中毒が問題化した。

茉莉花

茉莉花(まつりか)

 アラビアからインドにかけてを原産とするモクセイ科の常緑低木マツリカ(Jasminumsambac)の花を用いる。熱帯性の植物で、フィリピンやインドネシアの国花としても知られている。

 マツリカは香料植物のジャスミンとして古くから有名であるが、ジャスミンというのは本来、ソケイ属植物の総称である。ソケイ属には花に芳香を持つものが多く、マツリカのほかにソケイ(J.officonale)もジャスミンとして知られている。

 午後から夕方に開花直前のふくらんだ蕾を花弁に傷つけないよう萼ごと摘みとり、広げて乾燥する。花からはジャスミン油が得られ、香油や香料、香水原料として用いられる。ジャスミンはウーロン茶や紅茶にマツリカの花で添香したものである。ジャスミン油の主成分はベンジルアセテートであり、リナロールやジャスミンなども含まれる。

 漢方では理気・鎮静の効能があり、下痢や腹痛に用いる。一般に茶剤として服用するが、あまり漢方処方には用いられていない。また結膜炎に花の煎液で洗眼すると効果があるといわれる。

馬銭子

○馬銭子(まちんし)

 インド、東南アジアからオーストラリア北部に分布するマチン科の常緑高木マチン(Strychnosnux-vomica)の種子を用いる。種子は直径2cmくらいの扁平な円盤状で中央がくぼみ、その中心に突起がある。

 マチン科の植物は世界各地の熱帯地方で広く矢毒などの毒や薬用として利用されていた。マレー半島からボルネオ、フィリピンにかけて原住民が用いていた吹き矢の矢毒はマチンなどから得られたもので、イポー毒と呼ばれ非常に恐れられていた。

 種子にはアルカロイドのストリキニーネとプルシンを含み、とくにストリキニーネは猛毒であり、種子1個分でほぼ致死毒となる。これらのアルカロイドは中枢神経を興奮させ、全身筋肉の強直性の痙攣を起こして死にいたらせる。少量を用いると胃腸機能を促進する作用がある。インドではこの種子や樹皮を熱病や消化不良に用いていた。

 15~16世紀にヨーロッパにホミカと称して紹介され、動物の殺害薬として用いられ、日本でも江戸時代にはネズミの駆除に利用されていた。一方、19世のアメリカでは微量のストリキニーネを処方した大衆強壮薬が出回ったこともある。

 漢方では止痛・消腫の効能があり、リウマチによる関節痛や麻痺、重症筋無力症、外傷や腫れ物の痛みに用いる。近年、中国では食道癌や胃癌、皮膚癌にも試みられている。

 日本ではホミカエキスやホミカチンキとして苦味健胃薬に配合されている。またストリキニーネは専ら研究用の試薬に用いられ、ほとんど治療には応用されない。ストリキニーネは興奮薬としてドーピングの規制対象となっているので、市販薬でもホミカが配合されていれば問題となる。

麻子仁

○麻子仁(ましじん)

 中央アジア原産のクワ科の一年草、アサ(CAnnabissativa)の種子を用いる。中国では一般に火麻仁という。この種子は苧実とか麻実とも呼ばれ、薬味として七味唐辛子に入れられたり、小鳥の飼料、麻油の原料に用いられている。今日、アサは繊維用作物として旧ソ連やインド、東ヨーロッパなどで広く栽培されている。

 ところで麻薬に利用される大麻と同じ植物であるあめ、日本では大麻取締法で一般の栽培や所持は禁止されている。大麻として利用されるアサは熱帯の品種であるインドアサ(印度大麻)であり、日本の栃木県などで栽培されているアサにはほとんど麻酔性はないとされている。

 麻子仁にはリノール酸リノレン酸オレイン酸などからなる脂肪油やビタミンE、レシチンなどが含まれている。この油性成分により便を軟らかくして排便を促進する作用がある。

 漢方では潤腸通便の効能があり、緩下薬の代表的な生薬である。瀉下作用は穏やかで、高齢者や病後などで便が硬く乾燥して秘結するような慢性化した便秘に用いる。

 高齢者や虚弱体質者の常習性便秘には大黄・枳実や当帰・地黄などと配合する(麻子仁・潤腸湯)。また滋養作用もあり、虚労による動悸や不整脈に炙甘草・桂枝などと配合する(炙甘草湯)。

孫太郎虫

○孫太郎虫(まごたろうむし)

 日本の各地に分布するヘビトンボ科のヘビトンボ(Protohermesgrandis)の幼虫を用いる。ヘビトンボは体長4cm、翅の長さは8~9cmで、翅は半透明で体は黄褐色のトンボに似ているが、眼が小さく顔がヘビに似ているのその名がある。

 7~8月頃に出現し、灯火に飛来することもある。この幼虫をマゴタロウムシといい、体長は6cmにも達するものもある。きれいな渓流の中に生息し、トンボやカゲロウなどの水中にいる幼虫を捕食する。

 宮城県白石市の旧斎川村名産の孫太郎虫が有名で、江戸時代には「小児の疳薬」として流行し、江戸市中に孫太郎虫売りの売り声が聞かれた。孫太郎虫は日本の代表的な民間薬で、その名の由来には永保年間(1081~1084)の斉川での話として、体の弱かった孫太郎という子がこの虫を食べて健康となり、成人して宿願の仇討ちに成功したという言い伝えがある。今日でも乾燥させた幼虫を5匹ずつ竹串にさしたものが、桐の箱に入れて売られている。

 成分としてはアミノ酸や脂肪が豊富で、パントテン酸も多い。小児の疳症には1日1串を砂糖醤油につけて焼いて食べる。疳症以外にも、老人の強精薬として用いられた。